業務改善ツールを内製する|中小製造業がSaaSの前に持つべき選択肢
業務改善ツールを内製する|中小製造業がSaaSの前に持つべき選択肢
まず結論から。 業務改善は必ずしもSaaS契約やシステム刷新を必要としません。定型ルールが決まっていて、扱うデータもユーザー数も中規模までの業務なら、Excel・Google Apps Script(GAS)・生成AIの組み合わせで、月額0〜数千円の内製ツールに置き換えられる範囲があります。一方で、業界標準のある業務や監査要件の厳しい業務は既製システムのほうが安全です。この記事では、内製で済む業務と外部に頼むべき業務の境目を、中小製造業の実務に沿って仕分けます。
この記事の要点は次の通りです。
| 論点 | 結論 |
|---|---|
| 内製とは | 手元のExcel・GAS・生成AIで、自社業務に合わせた小さなツールを自前で作ること |
| 向く業務 | 定型ルールがあり、データ・人数が中規模までで、監査要件が緩い業務 |
| 向かない業務 | 会計・給与など業界標準がある業務、ISOや輸出管理など監査が入る業務、大規模・高度技術が要る業務 |
| 始め方 | 一番詰まっている業務を1つだけ選び、小さく作って回るか試す |
| 最大のリスク | 作った人しか直せない属人化。ここを設計段階で抑える |
業務改善ツールの内製とは何か
内製とは、外部のパッケージ製品や受託開発に頼らず、自社の手元にある道具で業務ツールを自分たちで作ることを指します。ここでいう道具は専任のエンジニア部隊ではなく、Excelの関数やマクロ、GAS、Power Automate、生成AIといった、追加費用がほぼかからないか月額数百〜数千円で使えるものです。
かつて内製は、プログラムを書ける人材を抱える大企業のものでした。この前提が生成AIの普及で崩れます。コードを書けない担当者でも、やりたいことを言葉で伝えればマクロやスクリプトのたたき台が返ってくるようになり、中小企業が業務アプリを内製する動きが広がりました(IT Leaders)。
ただし内製は「何でも自作する」という意味ではありません。外に頼む前に自社で済ませられる範囲を持っておくという選択肢であり、範囲を見極めることが中心にあります。
SaaSや外注とはどう違うのか
内製・SaaS・外注(受託開発)は、それぞれ得意な場面が異なります。まず確認したいのは、コストの出方と、業務への合わせやすさの差です。
| 観点 | 内製(Excel/GAS/生成AI) | SaaS(月額サービス) | 外注(受託開発) |
|---|---|---|---|
| 初期費用 | ほぼ0 | 低〜中 | 高い |
| 月額・保守 | 0〜数千円 | 契約する限り継続 | 保守契約次第 |
| 業務への適合 | 自社に完全に合わせられる | 標準機能の範囲内 | 合わせられるが高コスト |
| 改修スピード | 即日〜数日 | ベンダー任せ | 都度依頼・費用発生 |
| データの置き場所 | 自社内に留められる | ベンダー側に預ける | 要件次第 |
| 主なリスク | 属人化・スケール限界 | 費用の固定化・乗り換え困難 | コスト・依存 |
SaaSは保守や機能更新をベンダーが担うため運用の手離れが良く、多くの企業が使う標準業務に強い一方、独自の業務フローに100%合わせることは難しいという性質があります(発注ラウンジ)。外注は自社仕様に作り込めますが、初期費用が大きく、仕様変更のたびに依頼と費用が発生します。
内製が効くのはこの隙間です。自社特有で、頻繁に手を入れたい、小さな業務。SaaSでは合わず外注では割に合わない領域が、内製の適地になります。
SaaSの費用で見落とされがちなものは何か
SaaSを月額料金だけで判断すると、実際の負担を小さく見積もることになります。次の3つは見えにくい負担として積み上がります。数字は自社の条件で置き換えるための試算の目安です。
- 積み上がる月額:月10万円のサービスを3つ契約すれば、単純計算で年間360万円。使い続ける限り課金は止まりません。
- 社内に浸透させるコスト:ツールのたびに操作を覚える時間がかかります。1人10時間×20人なら延べ200時間分の労働時間が消えます。
- 乗り換えの難しさ:データが溜まるほど解約や移行が難しくなり、値上げや仕様変更を受け入れざるを得なくなりがちです。
その業務は本当に外部サービスでなければ回らないのか、一度立ち止まる価値があります。
内製ツールで解決できる業務は何か
内製に置き換えやすい業務には、共通点があります。定型ルールがあり、判断より処理が中心の業務です。中小製造業でよく挙がるのは次の5タイプです。
- 自動報告書作成:日次・週次の生産実績や品質指標を、テンプレートとデータ取得で自動生成する。
- 在庫アラート・発注リマインド:しきい値を下回ったら担当者に自動通知する。
- 請求書チェック・経費承認:定型ルールに沿った照合と、簡単な承認の流れを組む。
- 議事録要約・メール下書き:生成AIで会議メモを要約し、返信のたたき台を作る。
- 簡易ダッシュボード:複数の表を1画面に集約して可視化する。
このうち、要約・下書き・過去情報の検索といった「あいまいさを許容できる業務」は生成AIが得意とし、在庫のしきい値判定や定型照合のように「答えが一つに決まる業務」はExcelやスクリプトの領分です。この振り分けについては業務のルール化で回る領域でも扱っています。
内製に使える軽量ツールは何か
具体的な道具を、費用と得意分野で並べます。
| ツール | 費用の目安 | 得意な業務 | プログラミング |
|---|---|---|---|
| Excel関数・マクロ | 0円 | データ集計、定型計算、簡易レポート | 関数は不要/マクロは少し |
| Google Apps Script | 0円 | 自動メール、ドキュメント生成、定期実行 | 生成AI併用でほぼ不要 |
| Power Automate | 数百円〜 | 承認フロー、メール処理、ファイル整理 | 不要(ノーコード) |
| Make / n8n | 数千円〜 | 複数サービス間の連携・同期・通知 | 不要(ノーコード) |
| 生成AI+作成補助 | 20ドル〜 | 上記全般の作成支援、要約・下書き | 不要(言葉で指示) |
ノーコード・ローコードのツールを使えば、これまで数百万円規模だったシステム開発を月額数万円まで下げられる場面が出てきます(Wheat)。生成AIにマクロやスクリプトのコードを書かせる使い方も一般化しました。ただし出力をそのまま使わず、必ず動作を確認することが品質を守る前提になります(KDDI)。
内製のメリットとリスクは何か
内製には明確な長所と短所があります。導入前に両方を見ておくことで、判断を誤りにくくなります。
| メリット | リスク |
|---|---|
| 月額0〜数千円で動く | 作った人が辞めると保守が止まる(属人化) |
| 自社業務に完全に合わせられる | 機械学習・大規模処理は不向き |
| ルール変更に即日で対応できる | 監査ログ・暗号化など厳しい要件には力不足 |
| データを自社内に留められる | 数百ユーザー規模になると破綻しやすい |
| 社内にノウハウが蓄積する | 運用が回らないと逆に負担が増える |
最大のリスクは属人化です。特定の担当者しか触れないツールが残り、障害対応が頻発して外注より運用コストが増えた失敗例も指摘されています(日立ソリューションズ)。避ける方法は、作り込みすぎない、手順とルールを文書に残す、そして次に触れる「小さく始める」進め方の3点です。
内製の本当の価値は、コスト削減そのものより、業務やツールを深く理解した人材が社内に増えることにあります。この土台ができると、次の改善にも自力で対応できます(テックファーム)。
どこから内製を始めればいいか
内製を広く一気に進めると、たいてい途中で止まります。順番があります。
まず確認したいのは、その業務がAI以前の問題ではないか、です。 「ツールを作りたい」が先に立つと手段が目的化します。現場を見ると、そもそも業務フロー自体に無駄があり、フローを直せばツールも要らなかった、というケースが少なくありません。いきなり道具を当てるのではなく、受注から出荷までの流れを書き出し、どこで時間が滞っているかを先に見ます。
次に、一番詰まっている業務を1つだけ選びます。 全体のスループットは一番能力の低い工程で決まります。余力のある工程をどれだけ速くしても全体の産出量は変わりません。最も待ち時間の長い工程を1つ広げれば、そこが数字に効きます。内製の初手は、この「詰まっている業務」に絞るのが合理的です。
そのうえで、小さく作って、現場が回せるか試します。 小さく始めて早く成果を出せれば、成功体験が社内の説得材料になり、賛同者を巻き込んで段階的に範囲を広げられます。ここで重要なのは、外部が代わりに作って終わりにしないことです。現場が自分で直し続けられる状態こそが、内製の到達点になります。
軽量な内製が実際に効いた例があります。過去案件が属人化して類似探索に時間がかかっていた現場で、過去案件のデータベースから類似事例をAIで即抽出できるようにし、検索時間を約90%削減した支援事例です。設備故障対応がベテラン頼りだった現場で、熟練者の判断知識をデータ化し、若手がいつでも質問できる状態にした事例もあります。いずれも大規模システムではなく、詰まっていた一点に軽い仕組みを当てたものです。前者は過去案件から見積のたたき台を作る仕組み、後者は暗黙知を社内Q&Aボットにする取り組みで扱っています。
内製に向く業務・向かない業務をどう見分けるか
自社の業務が内製で済むかどうかは、3つの問いで大枠を仕分けられます。
- 問い1:業務に明確なルール(もし〜なら〜する)があるか。 ルールが決まっているなら内製で実装できます。属人的な判断が中心なら、AIの活用か外部システムを検討します。
- 問い2:扱うデータ量とユーザー数はどのくらいか。 数十人・数千件までの中規模なら内製で足ります。数百人規模になるとシステム導入のほうが安定します。
- 問い3:法令・監査の要件があるか。 なければ内製で柔軟に組めます。ISO対応や輸出管理のように監査が入るなら、認証取得済みのシステムが現実的です。
会計・給与計算・経費精算のように業界全体で標準化された業務、機械学習による画像認識のように専門技術が要る業務は、内製の適地から外れます。逆に、在庫と発注を軽い仕組みで回す、仕様書のチェックを自動化するといった自社固有の定型業務は、内製が力を発揮しやすい領域です。人材が足りないフェーズでは、外部パートナーと内製を組み合わせるハイブリッドも選べます(フリー)。
よくある質問
Q. プログラミングができなくても内製できますか。 A. 定型的な業務であれば可能です。生成AIにやりたいことを言葉で伝えれば、ExcelマクロやGASのコードのたたき台が返ってきます。ただし出力をそのまま使わず、動作の確認は必要です。指示の出し方はプロンプトの型を身につけるが参考になります。
Q. 内製とSaaSは、どちらが安いですか。 A. 自社特有で小規模な業務なら内製が安く済む傾向があります。一方、多くの企業が使う標準業務や、保守を任せたい業務はSaaSのほうが総コストで有利になる場合があります。金額の大小だけでなく、業務への適合度と改修頻度で比べるのが現実的です。
Q. 内製で一番怖いリスクは何ですか。 A. 属人化です。作った担当者しか直せない状態になると、その人が抜けたときにツールが止まります。作り込みすぎない、手順とルールを文書に残す、複数人が触れる形にする、の3点で軽減できます。
Q. 何から手をつければいいですか。 A. 受注から出荷までの流れを書き出し、最も時間が滞っている業務を1つだけ選ぶところからです。全体を一度に変えず、そこに小さな仕組みを当てて、現場が回せるかを試します。
Q. 生成AIと従来のExcel処理は、どう使い分けますか。 A. 要約・下書き・過去情報の検索など、多少のばらつきを許容できる業務は生成AIが得意です。在庫のしきい値判定や定型照合のように答えが一つに決まる業務は、Excelやスクリプトのほうが確実です。
Q. 途中でSaaSや外注に切り替えても無駄になりませんか。 A. 無駄になりにくいです。内製で業務を整理し、どんな機能が必要かを自社で言語化できた状態は、SaaS選定や外注の要件定義でそのまま交渉材料になります。作れると言える状態と、頼むしかない状態では、見積もり金額に差が出ます。
内製という選択肢を持っておくと、業務改善の判断に幅が出ます。すべてを自作する必要はなく、詰まっている業務を1つ選び、小さく試して回るかを確かめるところから始められます。
私たちDelight Flowは、製造現場のAI活用に専門特化した東大発のスタートアップです。「この業務は内製で済むのか、外に頼むべきか」を切り分けたい、といったご相談があれば、初回相談(無料)でお話を伺います。お問い合わせはこちら。
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執筆者
村田 凌
株式会社Delight Flow 代表取締役CEO
外資系コンサルティングファームにて金融会社のサイバーセキュリティ戦略構築支援に従事した後、東京大学にてAIの研究に取り組む。現在は工学系研究科博士課程に在籍。国際論文誌、学会誌での受賞歴を持つ。
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